出自と初期の活躍
丁奉は廬江郡安豊県の出身で、孫権の時代から呉に仕えた。若い頃から武勇に優れ、数々の戦いで功績を挙げた。
四代への忠節
丁奉は孫権・孫亮・孫休・孫皓の四代にわたって仕え、呉の軍事を支え続けた。その忠義心は呉臣の模範とされた。
雪中の奇襲 - 東興の戦い
252年、東興の戦いにおいて丁奉は最も有名な功績を挙げた。雪の降る中での奇襲により、魏軍を大いに破った。
東興の戦い(252年)
魏の司馬師が20万の大軍で呉の東興を攻撃した際、丁奉は諸葛恪とともに迎撃に向かった。雪の降る寒い日、丁奉は少数の精鋭を率いて魏軍に奇襲を仕かけた。
- 戦場:東興(現在の安徽省巣湖市)
- 敵将:韓綜を討ち取る
- 戦術:雪中での奇襲攻撃
- 結果:魏軍の退却
雪中奇襲の戦術
丁奉の雪中奇襲は、天候を利用した巧妙な戦術だった。雪で視界が悪い中、少数精鋭で敵の不意を突き、大軍を破った。
今日雪寒、敵必不能久戦、可急撃之
「今日は雪で寒く、敵は必ず長く戦えまい、急撃すべし」という丁奉の判断が勝利をもたらした。
軍歴と昇進
丁奉は長年の軍功により次第に昇進し、最終的には右大司馬まで上り詰めた。その間、多くの戦いで功績を挙げた。
昇進の道のり
- 小都尉:孫権時代の初期役職
- 偏将軍:東興の戦いでの功績により昇進
- 安豊侯:軍功による爵位獲得
- 大将軍:孫休時代の要職
- 右大司馬:呉の最高軍職の一つ
その他の戦績
東興の戦い以外にも、丁奉は多くの戦いで活躍した。特に対魏戦線において重要な役割を果たした。
人物像と性格
丁奉は勇猛でありながら慎重な性格で知られた。忠義心が強く、四代の皇帝に仕えた姿勢は多くの人に尊敬された。
勇猛と慎重
丁奉は戦場では勇猛果敢に戦ったが、戦略面では慎重な判断を下した。この両面性が彼を優秀な将軍にした。
忠義心
四代の皇帝に仕えた丁奉の忠義心は、呉の臣下の模範とされた。政治的混乱の中でも一貫して呉に仕え続けた。
晩年と最期
丁奉は高齢になっても第一線で戦い続けた。271年に死去するまで、呉のために尽くした。
最後の奉仕
孫皓の時代、他の重臣が次々と粛清される中、丁奉は最後まで信任を保った。これは彼の人格と功績の証である。